消えた頭と開かずの間のお話

ママ(83)と話していたアヤがひどく驚いた。
「ええ!そんなことってあります!?」

ママはヘアピースをしている。
髪を盛る、というか、補填している、と言える。

帰って脱いだら20分ブラッシングするのだそうだ。
20分というのも流して聞いていたが、改めて考えると長い。
そのヘアピースを置いておく人頭型のマネキンのようなものがあり、アヤが以前ママに頼まれて2体買ってきたのだが、そのうち1体を無くしたという。

アヤはもう5年もこのバーで働いており、大方のママのおかしな話を甘んじて受け入れているが、驚くのも無理からぬ話だ。
仮にも人の頭ほどの大きさとインパクトのあるものが、一人暮らしのマンションからそう消えるものではない。

それに対してママも買ってきてもらったものを無くしたことを申し訳なく思ったようで、弁解するようにこう言った。

「多分開かずの間にあるんじゃないかと思うんだけど。うちはね、開かずの間が広いんですよ、割合い。」

開かずの間?

アヤと私の間に突っ込みたくても触れてはならない、微妙な空気が流れる。
何となく想像していたママの部屋は、一瞬にしてダンジョン的な様相を醸し始めた。
なぜわざわざ不思議ワールドの深みを出すような表現をするのだ。
わくわくしてしまうではないか。

開かずの間が比較的広いというアピールをされても、一般的な相場が分からない。
大体、「開かず」なのに物がその中に入り込んで行方不明になるとはどういうことだ。
何部屋あるのか分からないが、マンションで一部屋開かずだと大分狭くなるのではなかろうか。

「うちの冷凍庫はパンがぎっしり詰まってるの」
様々な思惑が渦巻く中、ママの話は既に彼方まで飛んでしまっていた。

ちなみにアヤに持ちかけたのは、残ったもう一つマネキンはぼろぼろになっちゃったからまた買って来て欲しいという依頼だった。
無くしたのもさることながら、ぼろぼろになったのも衝撃だ。