謎の鍵のお話

さて、私が初めてこのバーに来たときの話である。
ちょっと見学のつもりが行ったらすぐに働く方向で話が進められた。

強引ではあったが、初対面のママの印象はかわいいおばあちゃんという感じ。
首がちょっと前に出ているから、からくり人形を彷彿とさせる。
平たい丸顔で肌もきれい、83という年齢は感じさせない。
若い頃はさぞかし可愛かったのだろう。
そして出会うなりよく喋った。噂に違わない。ぺらぺらがべらべらになり、そのうち自ら少し低めにあははと笑う。

店内は思ったより狭く、使い込んだカウンターに壁際がソファーだ。
アンティークな雰囲気に、ところどころマッチングを気にしない異色な雑貨が置かれる。
例えば、通年クリスマスリースとまつぼっくりが飾られているし、ランタンの脇には猿や馬の置物。
干支を集めているのかと思いきや、ガラスケースに入った陶器のネコ、そして入り口付近に異様に大きなマトリョーシカが鎮座する。
白い陶器の手の置物の上に赤いハートのガラスが置いてあるのが一番よく分からない。
私はつい、いろいろと断捨離してしまいたい衝動に駆られた。

そして、バーカウンターの上の天井近くに西洋アンティーク調の鍵が並んでいる。
大小様々、錆びたようなものから金ぴかのものまで。
「これはね、みんな海外旅行や出張に行ったお客さんに買って来てもらったのよ。お土産何がいい?なんて聞かれるといっつも鍵をお願いしますっていうの。口紅や香水だと気に入らなかったりするでしょう。その点鍵だといいわよね。」
鍵もそんなにオールOKな代物でも無いと思うが、確かにこの店においてはその他の置物よりはるかに馴染んでいる。
「前は天井一周するくらい何百個もずらっーとあったのよ。今はもうこれだけなの。どこへ行っちゃったのかしらねぇ。」

天井にディスプレイされているものがそうちょくちょく無くなるものだろうか。
そう。
思えばこのとき初めて、この人がメルヘン界に足を踏み入れているという疑惑をふと感じたのだ。
そして、のちにそれは間違いでなかったと実感することとなる。

その日、お客さんがマトリョーシカを落として割った。
彼女は狭いカウンターにおいてあまりに存在感があった為、私はなんだか少しほっとした。